井上成美

 昭和六十一年 九月 阿川弘之著 昨年から図書室で借りていたのをお正月休みが終わってから数日掛かって読みました。
 ・・・良かった・・・
 こういう武人も居たのだなと・・・ 一人の海軍提督の伝記としての六百頁弱の書籍ですが、紹介されている一言一言やちょっとしたエピソードが深くて・・・ 「新軍備計画論」に代表されるような先見性にも心底感心してしまいますが、私としていちばん心引かれたのは教育者としての提督の姿だったように思います。
 兵学校長時代の「江田島伝統の教育目標は、二十年三十年の将来、大木に成長すべき人材のポテンシャルを持たしむるに在って、目先の実務に使う丁稚を養成するのではない」「教育の基本は人を造るに在り、諸君は知識の切売り、技術の伝授のみに終始してはならない」 また鈴木貫太郎からの一言「生徒教育のほんとうの効果は、大体二十年後にあらわれる。いいか、二十年後だぞ」 そして離任のときに残した「To live in hearts we leave behind, Is not to die.」等々・・・ 読み終わった後、何度か頁を繰ってしまう・・・ また、戦後長井のご自宅の英語塾に集った子供たちへの言葉「レディー、ジェントルマンになるための条件は色々ありますけれど、まず教養が身についていること、多少の経済的余裕を持つこと、それからちゃんとした言葉づかいが出来ることです」など・・・ まさに今この時に必要なメッセージに満ちているような思いです。
 伝記としては戦前から戦後まで行きつ戻りつしながら進むのですが、実に緻密な構成の基に組み立てられており、エピソード満載 (膨大) でありながら表現が巧みで飽きることなく読み耽ることができます。 時代を近代史の流れを知る小説としてもたいへん深い理解が得られるもので、実に高校大学のときに読まなかったことを痛烈に残念に思ってしまったところです。
 あとひと月して少し時間に余裕ができたら長井の記念館に行ってみようと思います。